• by DAVID BOWIE.

2012年03月23日

”絆”、”思いやり”はウソ

と思わざるを得ない、この映像を見て頂きたい。


読み終えた書籍について投稿する予定だったが、この映像とリンクするものがあると思い、併せて載せておきたい。

この動画投稿者の意図、写っている場所の特殊性、場所故の行政の対応に関しては、とりあえず置いておく。この動画に映されていることに対してだけ。

先の震災における日本人の行動は、世界から絶賛された。全てでなくとも、絶賛されたことは事実だ。メディアがもてはやす"絆"や"思いやり"には正直うんざりしているが。今回の映像と、先の震災の行動とを結び付けること自体がいいのかわからないが、比較せざるを得ないほど普通のことができておらず、非常に情けない。
もし自分が同じようにここに居たら、同じような情けない行動をとってしまうのだろうか。
邪魔しないようにとさえ思わないのだろうか。
術で操られるように、皆が同じ行動をしている光景が恐ろしい。

緊急車両に道を譲るのは法的なものだから(法律にあるから)、ルールがあるんだから、という思考停止に陥るのではない。
これは道徳の問題だ。
昔からの道徳という誇りを持ちうるのが我々日本人ではないのか。

個と公のバランスを見極め、しっかりとした軸は受けつがれていくべきだ。


  著/藤原正彦

私自身の勘違い、この映像が間違いであれば、この投稿は消したい。

  


Posted by Takuji at 21:00Comments(0)社会

2012年03月21日

小中学校国内最古とされる小学校閉校

岡山県高梁市というところに、同市立吹屋小学校がある。
本年の三月末をもって、その吹屋小学校が閉校する。

国内最古の木造校舎で卒業式と閉校式 岡山・吹屋小学校

私自身岡山県出身ということで写真で少々紹介したい。



開校は1873年(明治6年)で、1899年(明治32年)に現在地に移転した。1900年(明治33年)竣工の西校舎・東校舎(木造平屋建)と1909年(明治42年)竣工の本館(木造2階建)とで構成される。
江戸時代から戦前にかけて日本三大銅山の町として、さらに江戸時代末期からはベンガラの日本唯一の産地として繁栄した吹屋の町の、いわば絶頂期に建設された小学校校舎である。弁柄産業によって栄えた地域の財産を集結して建てられた。
標高550mの山嶺にある小さな集落には不釣合いともいえる大きな規模を持ち、折上式天井などの贅沢な意匠、100年を経ての現役使用を可能とする部材・構造であることなど、当時の吹屋を象徴する建造物ともいえる。夜間はライトアップされる。
NHK連続テレビ小説「カーネーション」では、小原糸子が通う岸城尋常小学校のシーンの撮影に使用された。(外観のみ)
(Wikipediaより)












吹屋の町には訪れた記憶があるが、この校舎は見ただろうか・・・;
町そのものもだが、この校舎はとりわけ趣がある。
名残惜しくはあるが、今後は観光としてその姿を保っていくという。

もうひとつ、県内の学校で少々有名?なところで、旧閑谷学校というのもある。

懐かしいと感じる場所へ、足を運んでみてはいかがだろうか。
四季折々で覗かせる顔とともに、歴史の原点にほんの少し近づけるかもしれない。

  


Posted by Takuji at 21:00Comments(0)社会

2012年03月03日

『正論』 2012年4月号


平成24年3月1日に発売された『正論』4月号に掲載されている「皇統問題 旧皇族一族の覚悟」(竹田恒泰)を読んだ。



畏れ多くも、正論の中で竹田氏が記された"覚悟"について思ったことを書きたい。

昨今問題となっている「女性宮家」創設についてさまざまな意見が飛び交う中、女性宮家創設ありき・前提で事が進められていることはいかがなものかという懸念に、読んでいて確かにそうだと納得させられた。
皇位継承問題とは切り離して・・・などというのもあるが、女性宮家が創設されれば歴史上初めて皇統に属さない輩(夫、子)が皇族になってしまい、その子が天皇になろうものなら、数千年かけて継続してきた男系皇統維持の終焉につながる危険性がある。まさにどこの馬の骨?といった感じだ。

戦後、GHQにより皇籍離脱させられた十一の旧宮家(旧皇族)の復帰が皇室、国民から求められればその"覚悟"を決めるという旨を語った竹田氏。(全員ではないが、大半とのこと)
思うに、この覚悟は問題解消という安易なものではなく、国柄(国体)を護持するものだと感じた。

GHQが~、外国が~と、あらゆる干渉が戦後続いてきてしまったのは事実だが、それを問題視しても本来の"らしさ"を取り戻そうとしなかったのも原因の一つではないだろうか。
他国から何かと言われっぱなし、染みついたといってもいい事なかれ体質等がもたらす自国の未来が現在でもある。その先のことなど、想像したくもない。

受け継がれてきた数千年にも及ぶ伝統を簡単に放棄するようなことは、先祖、先人達に対する背徳行為だと感じる。完全に継続が不可能になった、どうしようもなくなったという事態ではない。かといって楽観視してもよいということではない。
旧皇族方の復帰を御願いし、男系男子継続の安泰を祈るとともに、我々自身の"覚悟"も必要なのではないだろうか。

  


Posted by Takuji at 19:00Comments(0)社会