2012年05月07日
大型連休 【帰省:少しお出かけ】
五月三日から六日までの連休を利用し、実家へ帰省した。
実家は岡山県某所。山間とまではいかないが、それなりの田舎である。
桜が主役を務めた季節が終わり、新緑が映える時期。
三日、四日と曇りがちだったが、五日にはしっかりと晴れた。
どこにも外出しないのは勿体ないなと思い、少しだけ出かけることに。
向かったのは吹屋ふるさと村―。
江戸時代中期頃より、幕領地として吹屋銅山を中心とする鉱山町へと発展し、幕末頃から明治時代にかけては銅鉱とともに硫化鉄鉱石を酸化・還元させて人造的に製造し、ベンガラ(酸化第二鉄)として日本唯一の巨大産地として繁栄を極めた。主に美術工芸用の磁器の絵付け・漆器、社寺仏閣のベンガラ外壁塗装に多用された。最盛期には銅山で働く従業員数が1200人にのぼり、山間に忽然と存在する、吹屋集落のベンガラ格子と石州瓦による赤褐色の重厚な商家の町並みは、昔日の繁栄を象徴する。(wikipediaより)

レトロな雰囲気

赤褐色の壁

ロケ(火垂るの墓)があったとのこと

郵便局
また、同じ地域ということもあり、以前当ブログにて書いた記事、
小中学校国内最古とされる小学校閉校へも行った。



さらに同地域にある広兼邸へも行った。
江戸時代後期に小泉銅山とローハ(緑礬・硫酸鉄=ベンガラの原料)製造を営み巨大な財を成した大野呂の庄屋広兼家2代目の元治が建てた巨大な邸宅。1977年の松竹映画『八つ墓村』などの映画のロケ地としても知られる。
城郭のような雄大な石垣と母屋・土蔵3棟・桜門・長屋は江戸時代の文化10年(1810年)に、離れは大正時代に建設された。敷地は781坪(2,581平方メートル)、母屋は98坪(323平方メートル)に及ぶ。 庭園には水琴窟が設置されている。(wikipediaより)

お屋敷、といった感じ

屏風?



当時を知らずとも、懐かしさというか、安心感が感じられた。
小さな観光地だが、昔の趣を楽しむにはいい場所ではないかと思う。
少しお出かけ、ということであったが実はちょっと目的があった。
この地域付近に祖母の生家があるのだ―。
実家は岡山県某所。山間とまではいかないが、それなりの田舎である。
桜が主役を務めた季節が終わり、新緑が映える時期。
三日、四日と曇りがちだったが、五日にはしっかりと晴れた。
どこにも外出しないのは勿体ないなと思い、少しだけ出かけることに。
向かったのは吹屋ふるさと村―。
江戸時代中期頃より、幕領地として吹屋銅山を中心とする鉱山町へと発展し、幕末頃から明治時代にかけては銅鉱とともに硫化鉄鉱石を酸化・還元させて人造的に製造し、ベンガラ(酸化第二鉄)として日本唯一の巨大産地として繁栄を極めた。主に美術工芸用の磁器の絵付け・漆器、社寺仏閣のベンガラ外壁塗装に多用された。最盛期には銅山で働く従業員数が1200人にのぼり、山間に忽然と存在する、吹屋集落のベンガラ格子と石州瓦による赤褐色の重厚な商家の町並みは、昔日の繁栄を象徴する。(wikipediaより)

レトロな雰囲気

赤褐色の壁

ロケ(火垂るの墓)があったとのこと

郵便局
また、同じ地域ということもあり、以前当ブログにて書いた記事、
小中学校国内最古とされる小学校閉校へも行った。



さらに同地域にある広兼邸へも行った。
江戸時代後期に小泉銅山とローハ(緑礬・硫酸鉄=ベンガラの原料)製造を営み巨大な財を成した大野呂の庄屋広兼家2代目の元治が建てた巨大な邸宅。1977年の松竹映画『八つ墓村』などの映画のロケ地としても知られる。
城郭のような雄大な石垣と母屋・土蔵3棟・桜門・長屋は江戸時代の文化10年(1810年)に、離れは大正時代に建設された。敷地は781坪(2,581平方メートル)、母屋は98坪(323平方メートル)に及ぶ。 庭園には水琴窟が設置されている。(wikipediaより)

お屋敷、といった感じ

屏風?



当時を知らずとも、懐かしさというか、安心感が感じられた。
小さな観光地だが、昔の趣を楽しむにはいい場所ではないかと思う。
少しお出かけ、ということであったが実はちょっと目的があった。
この地域付近に祖母の生家があるのだ―。
2012年03月23日
”絆”、”思いやり”はウソ
と思わざるを得ない、この映像を見て頂きたい。
読み終えた書籍について投稿する予定だったが、この映像とリンクするものがあると思い、併せて載せておきたい。
この動画投稿者の意図、写っている場所の特殊性、場所故の行政の対応に関しては、とりあえず置いておく。この動画に映されていることに対してだけ。
先の震災における日本人の行動は、世界から絶賛された。全てでなくとも、絶賛されたことは事実だ。メディアがもてはやす"絆"や"思いやり"には正直うんざりしているが。今回の映像と、先の震災の行動とを結び付けること自体がいいのかわからないが、比較せざるを得ないほど普通のことができておらず、非常に情けない。
もし自分が同じようにここに居たら、同じような情けない行動をとってしまうのだろうか。
邪魔しないようにとさえ思わないのだろうか。
術で操られるように、皆が同じ行動をしている光景が恐ろしい。
緊急車両に道を譲るのは法的なものだから(法律にあるから)、ルールがあるんだから、という思考停止に陥るのではない。
これは道徳の問題だ。
昔からの道徳という誇りを持ちうるのが我々日本人ではないのか。
個と公のバランスを見極め、しっかりとした軸は受けつがれていくべきだ。

著/藤原正彦
私自身の勘違い、この映像が間違いであれば、この投稿は消したい。
読み終えた書籍について投稿する予定だったが、この映像とリンクするものがあると思い、併せて載せておきたい。
この動画投稿者の意図、写っている場所の特殊性、場所故の行政の対応に関しては、とりあえず置いておく。この動画に映されていることに対してだけ。
先の震災における日本人の行動は、世界から絶賛された。全てでなくとも、絶賛されたことは事実だ。メディアがもてはやす"絆"や"思いやり"には正直うんざりしているが。今回の映像と、先の震災の行動とを結び付けること自体がいいのかわからないが、比較せざるを得ないほど普通のことができておらず、非常に情けない。
もし自分が同じようにここに居たら、同じような情けない行動をとってしまうのだろうか。
邪魔しないようにとさえ思わないのだろうか。
術で操られるように、皆が同じ行動をしている光景が恐ろしい。
緊急車両に道を譲るのは法的なものだから(法律にあるから)、ルールがあるんだから、という思考停止に陥るのではない。
これは道徳の問題だ。
昔からの道徳という誇りを持ちうるのが我々日本人ではないのか。
個と公のバランスを見極め、しっかりとした軸は受けつがれていくべきだ。
著/藤原正彦
私自身の勘違い、この映像が間違いであれば、この投稿は消したい。
2012年03月21日
小中学校国内最古とされる小学校閉校
岡山県高梁市というところに、同市立吹屋小学校がある。
本年の三月末をもって、その吹屋小学校が閉校する。
国内最古の木造校舎で卒業式と閉校式 岡山・吹屋小学校
私自身岡山県出身ということで写真で少々紹介したい。

開校は1873年(明治6年)で、1899年(明治32年)に現在地に移転した。1900年(明治33年)竣工の西校舎・東校舎(木造平屋建)と1909年(明治42年)竣工の本館(木造2階建)とで構成される。
江戸時代から戦前にかけて日本三大銅山の町として、さらに江戸時代末期からはベンガラの日本唯一の産地として繁栄した吹屋の町の、いわば絶頂期に建設された小学校校舎である。弁柄産業によって栄えた地域の財産を集結して建てられた。
標高550mの山嶺にある小さな集落には不釣合いともいえる大きな規模を持ち、折上式天井などの贅沢な意匠、100年を経ての現役使用を可能とする部材・構造であることなど、当時の吹屋を象徴する建造物ともいえる。夜間はライトアップされる。
NHK連続テレビ小説「カーネーション」では、小原糸子が通う岸城尋常小学校のシーンの撮影に使用された。(外観のみ)
(Wikipediaより)





吹屋の町には訪れた記憶があるが、この校舎は見ただろうか・・・;
町そのものもだが、この校舎はとりわけ趣がある。
名残惜しくはあるが、今後は観光としてその姿を保っていくという。
もうひとつ、県内の学校で少々有名?なところで、旧閑谷学校というのもある。
懐かしいと感じる場所へ、足を運んでみてはいかがだろうか。
四季折々で覗かせる顔とともに、歴史の原点にほんの少し近づけるかもしれない。
本年の三月末をもって、その吹屋小学校が閉校する。
国内最古の木造校舎で卒業式と閉校式 岡山・吹屋小学校
私自身岡山県出身ということで写真で少々紹介したい。

開校は1873年(明治6年)で、1899年(明治32年)に現在地に移転した。1900年(明治33年)竣工の西校舎・東校舎(木造平屋建)と1909年(明治42年)竣工の本館(木造2階建)とで構成される。
江戸時代から戦前にかけて日本三大銅山の町として、さらに江戸時代末期からはベンガラの日本唯一の産地として繁栄した吹屋の町の、いわば絶頂期に建設された小学校校舎である。弁柄産業によって栄えた地域の財産を集結して建てられた。
標高550mの山嶺にある小さな集落には不釣合いともいえる大きな規模を持ち、折上式天井などの贅沢な意匠、100年を経ての現役使用を可能とする部材・構造であることなど、当時の吹屋を象徴する建造物ともいえる。夜間はライトアップされる。
NHK連続テレビ小説「カーネーション」では、小原糸子が通う岸城尋常小学校のシーンの撮影に使用された。(外観のみ)
(Wikipediaより)





吹屋の町には訪れた記憶があるが、この校舎は見ただろうか・・・;
町そのものもだが、この校舎はとりわけ趣がある。
名残惜しくはあるが、今後は観光としてその姿を保っていくという。
もうひとつ、県内の学校で少々有名?なところで、旧閑谷学校というのもある。
懐かしいと感じる場所へ、足を運んでみてはいかがだろうか。
四季折々で覗かせる顔とともに、歴史の原点にほんの少し近づけるかもしれない。
2012年03月03日
『正論』 2012年4月号
平成24年3月1日に発売された『正論』4月号に掲載されている「皇統問題 旧皇族一族の覚悟」(竹田恒泰)を読んだ。
畏れ多くも、正論の中で竹田氏が記された"覚悟"について思ったことを書きたい。
昨今問題となっている「女性宮家」創設についてさまざまな意見が飛び交う中、女性宮家創設ありき・前提で事が進められていることはいかがなものかという懸念に、読んでいて確かにそうだと納得させられた。
皇位継承問題とは切り離して・・・などというのもあるが、女性宮家が創設されれば歴史上初めて皇統に属さない輩(夫、子)が皇族になってしまい、その子が天皇になろうものなら、数千年かけて継続してきた男系皇統維持の終焉につながる危険性がある。まさにどこの馬の骨?といった感じだ。
戦後、GHQにより皇籍離脱させられた十一の旧宮家(旧皇族)の復帰が皇室、国民から求められればその"覚悟"を決めるという旨を語った竹田氏。(全員ではないが、大半とのこと)
思うに、この覚悟は問題解消という安易なものではなく、国柄(国体)を護持するものだと感じた。
GHQが~、外国が~と、あらゆる干渉が戦後続いてきてしまったのは事実だが、それを問題視しても本来の"らしさ"を取り戻そうとしなかったのも原因の一つではないだろうか。
他国から何かと言われっぱなし、染みついたといってもいい事なかれ体質等がもたらす自国の未来が現在でもある。その先のことなど、想像したくもない。
受け継がれてきた数千年にも及ぶ伝統を簡単に放棄するようなことは、先祖、先人達に対する背徳行為だと感じる。完全に継続が不可能になった、どうしようもなくなったという事態ではない。かといって楽観視してもよいということではない。
旧皇族方の復帰を御願いし、男系男子継続の安泰を祈るとともに、我々自身の"覚悟"も必要なのではないだろうか。
2012年02月11日
【祝】紀元節 建国記念の日
本日、2月11日は「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定された『建国記念日』、我が国の国民の祝日だ。『日本書紀』が伝える初代天皇である神武天皇即位の日(紀元前660年:神武天皇元年1月1日)で、グレゴリオ暦での日付で2月11日となる。(wikipedia参考)

国際社会において、自分が生まれた国の建国や独立記念日は国・政府をあげて盛大に祝っているが、自分が住んでいる日本では数ある祝日の一つという軽い認識でしかない印象がある。もちろん全ての国が、人がというわけではないと思うが。
(学習不足という個人的な問題はさておき;)なぜだろうか。
書店で目にとまった本がある。明治天皇の玄孫に当たられる竹田恒泰氏の、『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』(PHP新書)に、それを紐解くヒントが。

『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』(PHP新書)/竹田恒泰
国や地域、宗教など、それぞれ神話や言い伝えがいろいろとあるが、科学的な証明が無理であったり、現実的にあり得ない内容もあるが、それらを完全否定することは今を生きる自分たちを否定するようなものなのかなぁと思ったり、立場が違うもの同士の争いにも発展することもあるのかなぁと思ったり・・・。
・・・なるほど、グローバル!国際社会!を強調するのであれば、とりあえず自国の誕生日を祝わないことは、異常であることを認識したほうがいい。歴史が作られていく中で、先人への敬意を払えない、忘れてしまう国はやがて滅びていくと思う。やれ右翼だ、やれ左翼だの色分けせず、生まれた国の誕生日を祝って国旗を掲揚するのは至って自然なことなのだ。それでも、いちいちちゃちゃいれてくる人って日本人なの?(笑)

国際社会において、自分が生まれた国の建国や独立記念日は国・政府をあげて盛大に祝っているが、自分が住んでいる日本では数ある祝日の一つという軽い認識でしかない印象がある。もちろん全ての国が、人がというわけではないと思うが。
(学習不足という個人的な問題はさておき;)なぜだろうか。
書店で目にとまった本がある。明治天皇の玄孫に当たられる竹田恒泰氏の、『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』(PHP新書)に、それを紐解くヒントが。
『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』(PHP新書)/竹田恒泰
国や地域、宗教など、それぞれ神話や言い伝えがいろいろとあるが、科学的な証明が無理であったり、現実的にあり得ない内容もあるが、それらを完全否定することは今を生きる自分たちを否定するようなものなのかなぁと思ったり、立場が違うもの同士の争いにも発展することもあるのかなぁと思ったり・・・。
・・・なるほど、グローバル!国際社会!を強調するのであれば、とりあえず自国の誕生日を祝わないことは、異常であることを認識したほうがいい。歴史が作られていく中で、先人への敬意を払えない、忘れてしまう国はやがて滅びていくと思う。やれ右翼だ、やれ左翼だの色分けせず、生まれた国の誕生日を祝って国旗を掲揚するのは至って自然なことなのだ。それでも、いちいちちゃちゃいれてくる人って日本人なの?(笑)
2012年01月17日
断念 【LIVE】The Kooks
さて、平成24年の幕開けは自身にとって初めての"体調不良"(=風邪)状態からのスタートとなった。
昨年度末に小学校の同窓会があり、久々に会った友人達とオールで盛り上がった。
いろんな情報はもちろん、たくさんの元気をもらったなぁと思い、この勢いで来る新年を迎えようと意気込んでいた。
がしかし、祟られたように元旦から身体が不調を訴え続けた;
オールで盛り上がったのが原因かどうかはともかく、自分史上最悪の新年の幕開けだった・・・。
そして、さらに私にとっての悲劇。
昨年から楽しみにしていたThe Kooks(ザ・クークス)というバンドの単独ライブ観覧を、体調回復に専念すべく断念した。。。
夏フェス(サマーソニック)で観たことがあるとはいえ、最新アルバム(3枚目)を引っ提げて、より成熟されたバンドをこの目と耳で体感したかった。過去、直筆サイン入りポスターをゲットしたこともある結構思い入れのあるバンドだったのに・・・。
かわいそうなチケット
ライブ当日、身体の不調と諦めた無念さの中、2011年ベストアルバムを特集したロッキングオンを眺める。
1位のレディオヘッドを筆頭に、ジェイムズ・ブレイク、レッチリ、、、とまぁロッキングオンらしいランキングが続き、イマイチ面白味が無いなと思っていると、チェックしようとして忘れかけていたアーティストが居たので購入してみた。(もちろんネットでお取り寄せ)
アーティスト名はBon Iver(ボン・イヴェール)。
フォークが基調らしいが、特にそういったジャンルは気にならない。
アルバムを通して、幻想的な雰囲気であるが、ナチュラルで温かみも感じられる。
何度も何度もじっくりと聴いて、じわじわとその良さを体調回復に利用したい。
Bon Iver / Bon Iver
2012年01月02日
明けましておめでとうございます。
新年明けましておめでとうございます。
平成24年も何卒宜しくお願い申し上げます。
…新年早々出鼻をくじかれた。。
というのは、発熱で寝込んで新たな年のスタートを切るという初めてのパターンを経験した。(している)
しかしそれでも、地元の神社への参拝は欠かすまいと、気力を振り絞った;

地元神社の神楽
この後帰宅してからずっと寝る、寝る、寝る
、、。
新年早々、こんなことになろうとは…。
この先いいことありますように。
平成24年も何卒宜しくお願い申し上げます。
…新年早々出鼻をくじかれた。。
というのは、発熱で寝込んで新たな年のスタートを切るという初めてのパターンを経験した。(している)
しかしそれでも、地元の神社への参拝は欠かすまいと、気力を振り絞った;

地元神社の神楽
この後帰宅してからずっと寝る、寝る、寝る
、、。
新年早々、こんなことになろうとは…。
この先いいことありますように。




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